AWS バックアップ戦略とディザスタリカバリ設計ガイド

企業のデータ保護とビジネス継続性において、適切なバックアップ戦略とディザスタリカバリ(DR)計画は不可欠でしょう。AWS Backup、Cross-Region Replication、マルチリージョン戦略を組み合わせれば、RTO(Recovery Time Objective)とRPO(Recovery Point Objective)要件を満たす包括的なデータ保護ソリューションを構築できます。

この記事では、AWS環境での堅牢なバックアップ戦略の設計から実装、運用監視まで、実践的なアプローチを段階的に解説します。データの重要度に応じた適切な保護レベルの選択、コスト効率を考慮した設定方法、そして災害時の迅速な復旧手順について、具体的な設定例とベストプラクティスを交えながら詳しく説明していきます。

なぜバックアップ戦略が重要なのか

ビジネスへの影響を理解する

データ損失やシステム障害は、企業に深刻な影響を与えます。

収益機会の損失として、1時間のダウンタイムで数百万円の損失が発生する可能性があります。また、データ損失による顧客信頼の低下は、長期的なビジネス価値に大きな影響を及ぼします。法的な観点では、データ保護規制への違反により重大な罰則を受けるリスクもあります。さらに、適切なバックアップが整備されていない場合、復旧に要するコストは指数的に増大してしまいます。

RTO/RPOの基本概念

RPO(Recovery Point Objective)は、許容可能なデータ損失時間を表し、バックアップ頻度を決定する重要な指標です。例えば、RPO 1時間と設定した場合、最大1時間分のデータ損失までは許容するという意味になります。

RTO(Recovery Time Objective)は、システム復旧までの目標時間を示し、ビジネス継続性の要件から決定されます。RTO 4時間と設定すれば、4時間以内にシステムを復旧させる必要があることを意味します。これらの指標は、バックアップ戦略全体の設計において基本的な判断材料となります。

データ分類に基づくバックアップ設計

データの重要度を評価する

すべてのデータを同じように扱うのは非効率的でしょう。データの重要性に応じて、適切なバックアップ戦略を選択する必要があります。

分類Critical(重要)Important(重要)Standard(標準)
対象データ顧客DB、財務記録設定ファイル、ログ開発環境、テストデータ
RPO1時間以内6時間以内24時間以内
RTO4時間以内24時間以内72時間以内
バックアップ頻度毎時間1日2回1日1回
保持期間7年3年1年
クロスリージョン必須推奨不要
コスト

分類の判断基準

Critical(クリティカル)に分類すべきデータには、法的要件がある財務記録や監査ログ、ビジネスの中核となる顧客情報や取引記録、そして再作成不可能なデータが含まれます。

Important(重要)に分類すべきデータは、復旧に時間がかかるものの再作成可能なデータです。システム設定やアプリケーションコード、数日分のログやメトリクスがこれに該当します。

Standard(標準)に分類すべきデータとしては、開発・テスト環境のデータ、一時的な分析データ、キャッシュデータなどがあります。これらは比較的復旧が容易で、短期的な損失であれば業務への影響は限定的です。

AWS Backupの仕組みを理解する

AWS Backupのアーキテクチャ

AWS Backupの主要コンポーネントは3つあります。

Backup Plan(バックアップ計画)では、いつバックアップを取るかのスケジュール、どのくらい保持するかのライフサイクル、そしてどこに保存するかのバックアップボルトを定義します。

Backup Vault(バックアップボルト)は、バックアップデータの実際の保管場所となり、暗号化とアクセス制御、削除保護機能を提供します。

Backup Selection(バックアップ選択)により、タグベースでリソースを自動選択し、複数のサービスを一元管理できます。この仕組みにより、手動操作を最小限に抑えた効率的なバックアップ運用が実現できます。

AWS Backupの基本設定

AWS Backupの設定では、バックアップ計画とバックアップボルトという2つの主要リソースを定義します。AWSコンソールから設定する場合は、AWS Backupのダッシュボードから「バックアッププランを作成」を選択して設定を行います。

重要な設定項目は以下の通りです:

  • バックアップスケジュール: 毎日深夜2時など、システム負荷の低い時間帯を選択
  • 保持期間: 30日間など、データの重要度に応じて設定
  • 暗号化: KMSキーによる暗号化を必須で有効化
  • コールドストレージ移行: 7日後など、コスト最適化のための設定

これらの設定により、自動化されたバックアップ運用が実現できます。詳細な設定テンプレートについては、AWS公式ドキュメントを参照してください。

Infrastructure as Codeのメリット

バックアップ設定をコード化することで、設定の再現性が保証され、環境間の差異を排除できます。変更履歴の管理により、すべての変更が追跡可能となり、監査要件にも対応できるでしょう。自動化により運用負荷が軽減され、ヒューマンエラーの防止にもつながります。

RDS バックアップ戦略の実践

なぜRDSバックアップが重要か

データベースは企業の心臓部といえるでしょう。RDSには強力な自動バックアップ機能が用意されています。

毎日自動でバックアップが取得され、最大35日間保持されます。ポイントインタイムリカバリ機能により、過去5分前の状態まで復元可能です。重要な変更を行う前には手動スナップショットを取得することで、確実な復旧ポイントを確保できます。

災害対策として、クロスリージョンバックアップを設定すれば、別リージョンにデータを複製し、地域的な障害にも対応できます。これらの機能を適切に組み合わせることで、データベースの可用性と信頼性を大幅に向上させられます。

RDSバックアップのベストプラクティス

バックアップウィンドウの設定では、トラフィックの少ない時間帯(例:深夜2-4時)を選択し、本番環境では必ず35日間の保持期間を設定することが重要です。

Multi-AZ配置を活用すれば、バックアップ中もサービスを継続でき、スタンバイインスタンスからバックアップを取得することで性能への影響を最小限に抑えられます。

暗号化については、KMSキーによる暗号化を必須とし、バックアップも自動的に暗号化されるよう設定します。これらのベストプラクティスを実践することで、安全で効率的なRDSバックアップ運用を実現できるでしょう。

RDSバックアップの設定ポイント

RDSのバックアップ設定では、以下の項目を適切に設定することが重要です:

  • バックアップ保持期間: 最大35日間まで設定可能
  • バックアップウィンドウ: 深夜3-4時など、トラフィックの少ない時間帯を選択
  • 暗号化: StorageEncryptedを有効にして、データを暗号化
  • 削除保護: DeletionProtectionで誤削除を防止

これらの設定は、RDSコンソールの「自動バックアップ」セクションから簡単に設定できます。

S3 とオブジェクトストレージバックアップ

S3バックアップ戦略の実装

S3のバックアップ戦略では、Cross-Region Replicationとライフサイクル管理を組み合わせて、データの冗長性とコスト最適化を実現します。

S3バックアップの主要設定項目

S3バックアップでは以下の機能を活用します:

バージョニング: すべての変更履歴を保持し、誤削除からデータを保護

Cross-Region Replication: 別リージョンへの自動レプリケーション(15分以内の同期を実現)

ライフサイクル管理:

  • 30日後: STANDARD_IA(低頻度アクセス)へ移行
  • 90日後: GLACIER(長期アーカイブ)へ移行
  • 365日後: DEEP_ARCHIVE(最低コストアーカイブ)へ移行

暗号化: KMSキーによる自動暗号化でセキュリティを確保

アクセス制御: PublicAccessBlockで意図しない公開を防止

これらの設定は、S3コンソールの「管理」タブから順次設定できます。特に重要なのは、バージョニングを有効にしてからレプリケーションを設定することです。詳細なCloudFormationテンプレートについては、AWS公式ドキュメントを参照してください。

ディザスタリカバリ(DR)戦略

マルチリージョンDRの実装

マルチリージョンにDR環境を構築する際には、RTO/RPO要件に応じて適切なDRパターンを選択することが重要です。

DR戦略フレームワーク

RTO要件(復旧時間目標):

  • Critical Systems: 4時間以内
  • Important Systems: 24時間以内
  • Standard Systems: 72時間以内

RPO要件(復旧ポイント目標):

  • Critical Data: 1時間以内
  • Important Data: 6時間以内
  • Standard Data: 24時間以内

DRパターンの選択基準:

パターンPilot LightWarm StandbyHot Standby
概要最小限のDR環境縮小稼働DR環境フルスケールDR環境
RTO1-4時間30分-1時間30分未満
コスト
適用場面コスト重視バランス型ミッションクリティカル

DR自動化の実装アプローチ

DR自動化では、Step FunctionsとLambdaを組み合わせて、障害検知から復旧までを自動化します。

主要コンポーネント:

  1. Route53ヘルスチェック: プライマリリージョンの可用性を監視
  2. CloudWatch アラーム: 障害を検知してStep Functionsを起動
  3. Step Functions: DR処理をオーケストレーション
  4. Lambda関数: 個別のDRタスクを実行

DR処理フロー:

  1. ヘルスチェック失敗を検知
  2. DRパターンに応じた復旧処理を開始
  3. RDSリードレプリカの昇格
  4. Auto Scalingグループのスケールアップ
  5. Route53のDNS切り替え
  6. 関係者への通知

Step Functionsを使用することで、複雑なDR処理を視覚的に管理でき、エラーハンドリングも容易になります。詳細な実装については、AWS公式のDRガイドを参照してください。

運用監視とテスト戦略

運用監視の実装

バックアップやDR戦略の有効性を継続的に確保するためには、包括的な監視とテストの自動化が重要です。

監視すべき主要メトリクス

AWS Backup関連:

  • バックアップジョブの成功/失敗数
  • リストアジョブの成功/失敗数
  • バックアップ実行時間

S3レプリケーション関連:

  • レプリケーション遅延時間
  • レプリケーション失敗数
  • オブジェクト同期率

DR関連:

  • ヘルスチェックステータス
  • フェイルオーバー実行時間
  • RPO/RTO達成率

これらのメトリクスは、CloudWatchダッシュボードで一元管理します。AWS Backupコンソールの「ダッシュボード」セクションからも基本的なメトリクスを確認できます。

アラート設定のベストプラクティス

バックアップ失敗時は即座に通知を受け取れるよう、SNSトピックを設定します。重要度に応じて以下のような閾値を設定することを推奨します:

  • Critical: バックアップジョブ失敗が3回連続
  • Warning: バックアップ実行時間が通常の2倍以上
  • Info: 定期的なバックアップ成功の確認

テスト戦略フレームワーク

効果的なテスト戦略には、頻度と範囲の適切な設定が必要です。

テスト頻度日次月次四半期年次
テスト内容自動バックアップ確認部分復元テストDR環境機能確認完全DR演習
所要時間自動実行約2時間約4時間約8時間
成功基準ジョブ成功率95%以上RTO<4時間、RPO<1時間DR環境での動作確認事業継続性の維持
実施環境本番テスト環境非本番環境本番環境

テストの自動化にはEventBridgeとStep Functionsを活用し、定期的な実行と結果の記録を行います。テスト結果は必ず文書化し、改善点を次回のテストに反映させることが重要です。